空飛ぶアップル・パイ — ジョーン・エイキン「空のかけらをいれてやいたパイ」(『しずくの首飾り』)より

今日の一皿

 アップル・パイが空を飛ぶ?

 そんなまさか、と思ったあなたに。

「上にとびのるんだ!」おじいさんはさけびました。おじいさんはパイにとびのりました。おばあさんもとびのりました。

 それでもパイはとてもかるいので、ふたりをのせたまま、白い雪のふりしきる空へとのぼっていきました。

 お腹のすいたおじいさんが、夕飯にアップル・パイをリクエスト。

 おばあさんは練り粉をのしにかかりますが、雪の降り出した空をふと眺めたら、空の切れ端がパイ皮に練りこまれてしまい——。

 そうして、空飛ぶアップル・パイができあがったというわけです!

 イギリスの児童文学作家ジョーン・エイキンの作品は、こんなふうに想像力の翼、いえ想像力のバットでカッキーン!と飛んだボールが大気圏まで突き抜けていくような、不思議な可笑しみと力強さがあります。

 ふわりと浮き上がったアップル・パイに飛び乗るおじいさんとおばあさん、彼らの愛猫(『ウィスキー』という名前が可愛い)。

 空を飛びながら彼らが出会うのは、燃料切れの飛行機に乗る飛行士や遠い母国から連れてこられた象といった、帰れなくなった者たちです。

 安心できる家に、あるいは祖国に、焦がれる気持ち。

 その強さを思えば、パイが飛ぶのだって何にも不思議じゃない——読み終えたときには、そう思っている自分がいました。

今日の一皿「空飛ぶアップル・パイ」

 おばあさんがパイを作るシーンも、きっとおいしいのができるんだろうなぁというワクワク感に満ちています。

おばあさんはさとうをだし、香料をだし、リンゴをだしてくると、パイ皿のなかに入れました。それからおばあさんは、粉とバターと、水をもってくると、パイの皮をこねはじめました。まずはじめに、おばあさんは、バターを粉のなかにねりこみました。それからちょっぴり水をたらすと、粉はまとまってかたまりになりました。

 香料はシナモンやナツメグでしょうか。イギリスでは、層の少ない練りこみパイ生地をかぶせた素朴なアップル・パイが主流なようです。フィリングのりんごは砂糖と煮こむこともあれば、スライスしたものを生のまま入れることもあるのだとか。

ジョーン・エイキン『しずくの首飾り』について

 短篇集『しずくの首飾り』は、表題作含む短篇8作品を収録。そのどれもが、(空飛ぶアップル・パイがかすむほどに!)自由な着想に満ち溢れています。

 一見すると自由を飛び越えて奇想天外、ともすれば荒唐無稽とすら思える物語の道行きは、しかし、どこか切実な接点を現実とのあいだに有しているようにも思えます。

 どうも、「パイが空を飛んだら面白かろう」と思って書かれた物語ではなさそうなのです。

 むしろ、「パイは空を飛ぶものだ」という確信から書かれているように感じます。

 ふと見上げた空の欠片が、パイ生地に練りこまれてしまうことだってあるし、そうなればパイは当然ふわりと浮き上がって、空をめざす。

 それは、ジョーン・エイキンという作家が、苦難も多かったその人生を通じてたどり着いた境涯なのかもしれません。

 人生観に裏打ちされた着想が根底にしっかりと流れているからこそ、私たちは彼女の生み出す物語に、安心して浸ることができるのでしょう。

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