絵本の扉の向こうに、何度でも心が帰ってゆける場所があるというのは、なんと幸福なことでしょうか。
本日は、イギリスの絵本作家ジル・バークレムが描き出した小さなユートピア「野ばらの村」シリーズをご紹介します。
春夏秋冬、働き者のねずみたちが作るさまざまな食べ物と飲み物を通じて、彼らの温かく満ち足りた日々をお届けしたいと思います。
ついに結婚式の日がやってきました。空は青くはれわたり、いつもよりもあつい日になりそうでした。野ばらの村の家の台所は、どこもあさから大いそがし。つめたいクレソンのスープや、つみたてのタンポポのサラダ、ハチミツのクリームや、シラバブや、生クリームのケーキなど、どの家のねずみたちも、夏にぴったりな料理をつくっていました。
「野ばらの村」は、働き者のねずみたちが自然と共生し、春夏秋冬を慈しむ小さなユートピアです。作者ジル・バークレムが、都会的で息苦しい満員電車のなかで目を閉じ、空想の中に築き上げたこの理想郷には、私たちが忘れかけている丁寧な暮らしのすべてが詰まっています。
大きな魅力は、なんといっても緻密に描き込まれた住居の断面図でしょう。
切り株や樹木の中に作られた家々。廊下や寝室、地下の貯蔵庫……。
それらの中には可愛らしい小さな家具が並び、暖炉にはあかあかと火が燃え、台所の棚にミニチュアサイズの食器や保存食品の小瓶などがびっしり収められている様子が見て取れます。キッチンの作業台ではジャムが煮詰められ、布巾で覆われたプディングが蒸し上げられ、お菓子の生地が混ぜられています。
棚にびっしりと並ぶジャムの小瓶やミニチュアの食器を眺めていると、まるでアリの巣観察キットを覗き込んでいるような、あの無邪気なわくわく感が蘇ります。
今日の一皿「ねずみたちの作るごちそう」
そして、それ以上に私たちの心を躍らせるのが、四季折々の食卓です。
春にはサクラソウのプディング、夏には冷たいクレソンのスープ、秋にはあつあつのドングリコーヒー、そして冬には大鍋で温められるブラックベリーのポンチ。
薔薇の花びらのワイン、甘い香りのシラバブ、栗やビルベリーのスープに、香ばしいキャラウェイのビスケット。
ねずみたちは、結婚式や雪まつりといった「ハレの日」はもちろん、日々の何気ないお茶の時間さえも、ハチミツや木の実、野の花を使って魔法のように彩ります。
ジル・バークレム「野ばらの村の物語」シリーズについて
全8冊にわたる物語は、ねずみたちが野原や山で迷子になったり、塩不足で船を出したり、新たな命が誕生したりといった冒険に満ちています。
けれど、どんな事件が起きても、最後には必ず温かい食卓と、仲間の輪が待っている。
その絶対的な安心感こそが、この絵本を時を超えた名作にしているのだと感じます。
『満員電車』に疲れたときは、しばし目を閉じて、澄んだ光あふれる「野ばらの村」へ帰ってみませんか。

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